Танидзаки Дзюнъитиро - Ключ / 鍵. Книга для чтения на японском языке стр 2.

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一月八日。昨夜は私も酔ったけれども、夫は一層酔っていた。夫は近頃あまり強要したことのなかった眼瞼の上の接吻を、してくれるようにとしきりに迫った。私もブランデーの加減で少し常軌を逸していたので、フラフラと要求に応じた。それはよいが、接吻するついでに、あの見てはならないものを、彼の眼鏡を外はずした顔を、ついウッカリして見てしまった。私はいつも眼瞼に接吻を与える時は、自分も眼をつぶるようにしているのだが、昨夜は途中で眼を開けてしまった。あのアルミニュームのような皮膚が、キネマスコープ[9]で大映しにして見るように巨大に私の眼の前に立ち塞ふさがった。私はゾウッと身慄いをした。そして自分の顔が急に青ざめたのを感じた。でもよいあんばいに、夫は眼鏡をすぐにかけた、例によって私の手足を事細こまかに眺ながめるために。私は黙って枕もとのスタンドを消した。夫は手を伸ばしてスイッチをひねり返そうとしたが、私はスタンドを遠くの方へ押しやった。「おい、後生[10]だ、もう一度見せてくれ。後生お願い。」と、夫は暗い中でスタンドを探ったが、見つからないので諦あきらめてしまった。久しぶりの長い抱擁《ほうよう》。

私は夫を半分は激しく嫌い、半分は激しく愛している。私は夫とほんとうは性が合わないのだけれども、だからといって他の人を愛する気にはなれない。私には古い貞操観念がこびり着いているので、それに背そむくことは生れつきできない。私は夫のあの執拗《しつよう》な、あの変態的な愛撫《あいぶ》の仕方にはホトホト当惑するけれども、そういっても彼が熱狂的に私を愛していてくれることは明らかなので、それに対して何とか私も報いるところがなければ済まないと思う。あゝ、それにつけても、彼にもう少し昔のような体力があってくれたらば、一体どうして彼はあんなにあの方面の精力が減退したのであろうか。彼に云わせると、それは私があまり淫蕩《いんとう》に過ぎるので、自分もそれにつり込まれて節度を失った結果である、女はその点不死身だけれども、男は頭を使うので、ああいうことがじきに体にこたえるのだという。そう云われると恥かしいが、しかし私の淫蕩は体質的のものなので、自分でもいかんともすることができないことは、夫も察してくれるであろう。夫が真に私を愛しているのならば、やはり何とかして私を喜ばしてくれなければいけない。ただくれぐれも知っておいて貰《もら》いたいのは、あの不必要な悪ふざけだけは我慢がならないということ、私にとってあんな遊びは何の足しにもならないばかりか、かえって気分を損そこなうばかりだということ、私は本来は、どこまでも昔風に、暗い奥深い閨《ねや》の中に垂《たれ》籠《かご》こめて、分厚い褥《しとね》に身を埋うずめて、夫の顔も自分の顔も分らないようにして、ひっそりと事を行いたいのだということ、である。夫婦の趣味がこの点でひどく食い違っているのはこの上もない不幸であるが、お互いに何か妥協点《だきょうてん》を見出す工夫はないものだろうか。


一月十三日。四時半頃ニ木村ガ来タ。国カラ子からすみガ届キマシタカラ持ッテ来マシタト云ッテ、ソノアト一時間ホド三人デ話シテ帰リカケル様子ダッタノデ、僕ハ下ヘ降リテ行ッテ、飯ヲ食ッテ行ケト引キ留メタ。木村ハ別ニ辞退セズ、デハ御馳走《ごちそう》ニナリマスト云ッテ坐《すわ》リ込ンダ。食事ノ支度ガデキル間、僕ハマタ二階ニ上ッテイクガ、敏子ガ一人デ台所ノ用事ヲ引キ受ケテ、妻ハ茶ノ間ニ残ッテイタ。御馳走ト云ッテモ有リアワセノモノシカナカッタガ、酒ノ肴《さかな》ニハ到来ノ子ト、昨日妻ガ錦《にしき》ノ市場デ買ッテ来タ鮒鮨《ふなずし》ガアッタノデ、スグブランデーニナッタ。妻ハ甘イモノガ嫌イデ、酒飲ミノ好クモノガ好キ、ナカンズク鮒鮨ガ好キダ。僕ハ両刀使イダケレドモ、鮒鮨ハアマリ好キデナイ。家ジュウデ妻以外ニアレヲ食ウ者ハイナイ。長崎人ノ木村モ子ハ好キダガ、鮒鮨《ふな》ハ御免《ごめん》ダト云ッテイタ。木村ハ土産物《みやげもの》ナンカ提《さ》ゲテ来タハナイノダガ、今日ハ始メカラ晩ノ食事ヲトモニスル底意ガアッタノデアロウ。僕ハ彼ノ心理状態ガ今ノトコロヨク分ラナイ。郁子ト敏子ト、彼自身ハドッチニ惹《ひ》カレテイルノデアロウカ。モシ僕ガ木村デアッタトシテ、ドッチニヨケイ惹《ひ》キ付ケラレルカトイエバ、ソレハ、年ハ取ッテイルケレドモ母ノ方デアルハ確カダ。ダガ木村ハドウトモ云エナイ。彼ノ最後ノ目的ハカエッテ敏子ニアルノカモ知レナイ。敏子ガソレホド彼トノ結婚ニ乗リ気デナイラシイノデ、サシアタリ母ノ歓心ヲ買イ、母ヲ通ジテ敏子ヲ動カソウトシテイル?イヤソンナヨリモ、僕自身ハドンナツモリナノダロウ。ドンナツモリデ今夜モ木村ヲ引キ留メタノダロウ。コノ心理ハ我ナガラ奇妙ダ。先日、七日ノ晩ニ僕ハスデニ木村ニ対シ淡イ嫉妬(淡クモナカッタカモ知レナイ)ヲ感ジツツアッタノニ、イヤソウデハナイ、ソレハ去年ノ暮アタリカラダッタ、ソノ半面、僕ハソノ嫉妬ヲ密《ひそ》カニ享楽シツツアッタ、ト云エナイダロウカ。元来僕ハ嫉妬ヲ感ジルトアノ方ノ衝動ガ起ルノデアル。ダカラ嫉妬ハ或ル意味ニオイテ必要デモアリ快感デモアル。アノ晩僕ハ、木村ニ対スル嫉妬ヲ利用シテ妻ヲ喜バスニ成功シタ。僕ハ今後我々夫婦ノ性生活ヲ満足ニ続ケテ行クタメニハ、木村トイウ刺戟剤ノ存在ガ缺クベカラザルモノデアルヲ知ルニ至ッタ。シカシ妻ニ注意シタイノハ、云ウマデモナイダケレドモ、刺戟剤トシテ利用スル範囲ヲ逸脱シナイダ。妻ハ随分キワドイ所マデ行ッテヨイ。キワドケレバキワドイホドヨイ。僕ハ僕ヲ、気ガ狂ウホド嫉妬サセテホシイ。事ニヨッタラ範囲ヲ蹈ふミ越エタノデハアルマイカ、ト、多少疑イヲ抱いだカセルクライデアッテモヨイ。ソノクライマデ行クヲ望ム。僕ガコノクライニ云ッテモ、トテモ彼女ハ大胆ナハデキソウモナイケレドモ、ソウイウ風ニシテ努メテ僕ヲ刺戟シテクレルハ、彼女自身ノ幸福ノタメデモアルト思ッテ貰イタイ。


一月十七日。木村ハアレキリマダ来ナイガ、僕ト妻トハアレカラ毎晩ブランデーヲ用イツツアル。妻ハススメレバ随分行ケル。僕ハ妻ガ一生懸命酔イヲ隠シテ冷タイ青ザメタ顔ヲシテイルノヲ見ルノガ好キダ。妻ノソウシテイル様子ニ何トモイエナイ色気ヲ感ジル。僕ハ彼女ヲ酔イツブシテ寝カシテシマオウトイウ底意モアッタガ、ドウシテ彼女ハソノ手ニハ乗ラナイ。酔ウトマスマス意地ガ悪クナリ、足ニ触ラセマイトスル。ソシテ自分ノ欲スル要求スル。


一月二十日。今日は一日頭痛がしている。二日酔いというほどではないが、昨日は少し過したらしい。だんだん私のブランデーの量が殖ふえて行くのを木村さんは心配している。近頃は二杯以上はお酌をしない。「もう好い加減になすったら」と、止める方に廻ろうとする。夫は反対に、前より一層飲ませたがる。差されれば拒《こば》まない癖を知っているので、いくらでも飲ますつもりらしい。でももうこの辺が極量である。夫や木村さんの見ている前で取り乱したことは一度もないが、酒を殺して飲むために後が苦しい。私は用心した方がよい。


一月二十八日。今夜突然妻ガ人事不省ニナッタ。木村ガ来テ、四人デ食卓ヲ囲ンデイル最中ニ彼女ガドコカヘ立ッテ行ッテ、シバラク戻ッテ来ナイノデ、「ドウナスッタノデショウ」ト木村ガ云イ出シタ。妻ハブランデーガ過ギルト時々中座シテ便所ニ隠レテイル、「ナニ、今ニ戻ッテ来ルヨ」ト僕ハ云ッテイタガ、アマリ長イノデ木村ハ気ヲ揉もンデ呼ビニ行ッタ。ソシテ間モナク、「オ嬢《じょう》サン、チョット変ダカライラシッテ下サイ」ト、廊下カラ敏子ヲ呼ンダ。敏子ハ今夜モホドヨイ所デ自分ダケサッサト食事ヲ済マシテ部屋ニ引キ取ッテイタ。「オカシイデスヨ、奥サンガドコニモイラッシャラナイラシイデス」ト云ウノデ、敏子ガ捜スト、妻ハ風呂ニ漬つカッタママ浴槽ノ縁ニ両手ヲ掛ケ、ソノ上ニ顔ヲ打うツ俯《ぶセ》ニシテ睡《ねむ》ッテイタ。「ママ、コンナ所デ寝ナイデヨ」ト云ッテモ返事ヲシナイ。「先生、大変デス」ト木村ガ飛ンデ来テ知ラセタ。僕ハ流シ場ニ下リテ脈ヲ取ッテ見タ。脈搏《みゃくはく》ガ微弱デ、一分間ニ九十以上百近クモ打ッテイル。僕ハ裸体ニナッテ浴槽ニハイリ、妻ヲ抱かかエテ浴室ノ板ノ間ニ臥《ね》カシタ。敏子ハ大キナバスタオルデ母ノ体ヲ包ンデヤッテカラ、「トニカク床《とこ》ヲ取リマショウ」ト云ッテ寝室ヘ行ッタ。木村ハドウシテヨイカ分ラズ、浴室ヲ出タリハイッタリウロウロシテイタガ、「君モ手ヲ貸シテクレタマエ」ト云ウト安心シテノコノコハイッテ来タ。「早ク拭《ふ》イテヤラナイト風邪ヲ引ク、済マナイガ手伝ッテクレタマエ」ト云ッテ、二人デ乾《かわ》イタタオルヲ持ッテ濡《ぬ》レタ体ヲ拭キ取ッテヤッタ。(コンナ咄嗟《とっさ》ノ間合ニモ僕ハ木村ヲ「利用」スルヲ忘レナカッタ。僕ハ彼ニ上半身ヲ与エ、自分ハ下半身ヲ受ケ持ッタ。僕ハ足ノ指ノ股《また》マデモキレイニ拭イチテヤリ、「君、ソノ手ノ指ノ股ヲ拭イテヤッテクレタマエ」ト木村ニモ命ジタ。ソシテソノ間ニモ木村ノ動作ヤ表情ヲ油断ナク観察シタ)敏子ガ寝間着ヲ持ッテ来タガ、木村ガ手伝ッテイルノヲ見ルト、「湯タンポヲ入レルワ」ト云ッテスグマタ出テ行ッタ。僕ト木村ハ二人デ郁子ニ寝間着ヲ着セテ寝室ヘ運ンダ。「脳貧血カモ知レマセンカラ、湯タンポハオ止メニナッタ方ガヨクハナイデスカ」ト木村ガ云ッタ。医者ヲ呼ボウカドウシヨウカトシバラク三人デ相談シタ。僕ハ児玉《こだま》氏ナラ差支エナイト思ッタケレドモ、ソレデモ妻ノコウイウ醜態ヲ見セルノハ好マシクナカッタ。ガ、心臓ガ弱ッテイルヨウナノデ、結局来テ貰《もら》ッタ。ヤハリ脳貧血ダソウデ、「御心配ハアリマセン」ト云ッテ、ヴィタカンフルノ注射ヲシテ児玉氏ガ帰ッテ行ッタノハ、夜中ノ二時デアッタ。


一月二十九日。昨夜飲み過ぎて苦しくなり便所に行ったことまでは記憶にある。それから風呂場へ行って倒れたことも微《か》すかに思い出すことができる。それ以後のことはよく分らない。今朝明け方に眼が覚めてみたら誰かが運んでくれたのだと見えてベッドに寝ていた。今日は終日頭が重くて起き上る気力がない。覚めたかと思うとまたすぐ夢を見て一日じゅうウトウトしている。夕方少し心持が回復したので、辛《しん》かろうじて日記にこれだけ書きとめる。これからまたすぐ寝るつもり。


一月二十九日。妻ハ昨夜ノ事件以来マダ一遍モ起キタ様子ガナイ。昨夜僕ト木村トデ彼女ヲ風呂場カラ寝室ヘ運ンダノガ十二時頃、児玉氏ヲ呼ンダノガ〇時半頃、氏ガ帰ッタノガ今暁ノ二時頃。氏ヲ送ッテ出ル外ヲ見タラ美シイ星空デアッタガ寒気ハ凜烈《りんれつ》デアッタ。寝室ノストーブハイツモ寝ル前一トツカミノ石炭ヲ投ゲ込ンデオケバソレデ大体ヌクマルノダガ、「今日ハ暖カニシテ上ゲタ方ガヨウゴザンスネ」ト木村ガ云ウノデ、彼ニ命ジテ多量ニ石炭ヲ投ゲ込マセタ。木村ハ「デハドウゾオ大事ニ。僕ハ帰ラシテ貰イマス」ト云ッタガ、コンナ時刻ニ帰ラセルワケニ行カナイ。「寝具ハアルカラ茶ノ間デ泊ッテ行キタマエ」ト云ッタガ、「ナニ近インダカラ何デモアリマセン」ト云ウ。彼ハ郁子ヲ担《かつ》ギ込ンデカラソノママ寝室デウロウロシテイタノダガ、(腰掛ケルニモ餘分《よぶん》ノ椅子ガナイノデ、僕ノ寝台ト妻ノ寝台ノ間ニ立ッテイタ)ソウイエバ敏子ハ、木村ガハイッテ来ルト入レ違イニ出テ行ッテ、ソレキリ姿ヲ見セナカッタ。木村ハドウシテモ帰ルト云イ、「イエ何デモアリマセン」ト云ッテトウトウ帰ッテ行ッタ。シカシ正直ノヲ云エバ、実ハソウシテ貰ウ方ガ僕ノ望ムトコロダッタノダ。僕ハ先刻カラ或ル計画ガ心ニ浮カビツツアッタノデ、内心ハ木村ガ帰ッテクレルヲ願ッテイタノダッタ。僕ハ彼ガ立チ去ッテシマイ、敏子モモハヤ現ワレル恐レガナイノヲ確カメルト、妻ノベッドニ近ヅイテ、彼女ノ脈ヲ取ッテミタ。ヴィタカンフルガ利《き》イタトミエテ、脈ハ正常ニ搏うチツツアッタ。見タトコロ、彼女ハ深イ深イ睡リニ落チテイルヨウニ見エタ。彼女ノ性質カラ推おシテ、果シテホントウニ睡ッテイタノカ寝タフリヲシテイタノカ、ソノ点ハ疑ワシイ。ダガ寝タフリヲシテイルノナラソレデモ差支エナイト思ッタ。僕ハマズストーブノ火ヲ一層強ク、カスカニゴウゴウ鳴ルクライニ燃ヤシタ。ソレカラ徐々ニフローアスタンドノシェードノ上ニ被《かぶ》セテアッタ黒イ布ノ覆《おお》イヲ除イテ室内ヲ明ルクシタ。フローアスタンドヲ静カニ妻ノ寝台ノ側近クニ寄セテ、彼女ノ全身ガ明ルイ光ノ輪ノ中ニハイルヨウナ位置ニ据エタ。僕ノ心臓ハニワカニ激シク脈搏チツツアルノヲ感ジタ。僕ハカネテカラ夢ミテイタガ今夜コソ実行デキルト思イ、ソノ期待デ興奮シタ。僕ハ足音ヲ忍バセテイッタン寝室ヲ出、二階ノ書斎ノデスクカラ螢光燈《けいこうとう》ランプヲ外はずシテ、ソレヲ持ッテ戻ッテ来、ナイトテーブルノ上ニ置イタ。コノハ僕ガトウカラ考エテイタデアッタ。去年ノ秋、書斎ノスタンドヲ螢光燈ニ改メタノモ、実ハイツカハコウイウ機会ガ来ルデアロウヲ豫想《よそう》シタカラナノデアッタ。螢光燈ニスルトラジオニ雑音ガ交ルト云ッテ妻ヤ敏子ハ当時反対ダッタノニ、僕ハ視力ガ衰エテ読書ニ不便デアルヲ理由ニ螢光燈ニ変エタノダッタガ、事実読書ノタメトイウモアッタニハ違イナイノダガ、ソンナヨリモ僕ハ、イツカハ螢光燈ノ明リノ下ニ妻ノ全裸体ヲ曝《さら》シテ見タイトイウ慾望ニ燃エテイタノダッタ。コノハ螢光燈トイウモノノ存在ヲ知ッタカラノ妄想《もうそう》ダッタノダ。

スベテハ豫期ノゴトクニ行ッタ。僕ハモウ一度彼女ノ衣類ヲ全部、何カテ何マデ彼女ガ身ニ纏《まと》ッテイルモノヲ悉《ことごと》ク剥《は》ギ取リ、素ッ裸ニシテ仰向カセ、螢光燈トフローアスタンドノ白日ノ下ニ横タエタ。ソシテ地図ヲ調ベルヨウニ詳細ニ彼女ヲ調べ始メタ。僕ハマズソノ一点ノ汚レモナイ素晴ラシイ裸身ヲ眼ノ前ニシタニシバラクハ全ク度ヲ失ッテ呆然《ぼうぜん》トサセラレテイタ。ナゼトイッテ、僕ハ自分ノ妻ノ裸体ヲカヨウナ全身像ノ形ニオイテ見タノハ始メテダッタカラダ。多クノ「夫」ハ彼ノ妻ノ肉体ノ形状ニツイテ、恐ラクハ巨細ニ亙《わた》ッテ、足ノ裏ノ皺《しわ》ノ数マデモ知リ悉《つく》シテイルデアロウ。トコロガ僕ノ妻ハ今マデ僕ニ決シテ見セテクレナカッタ。情事ノニ自然部分的ニトコロドコロヲ見タハアルケレドモ、ソレモ上半身ノ一部ニ限ラレテイタノデアッテ、情事ニ必要ノナイトコロハ絶対ニ見セテクレナカッタ。僕ハタダ手デ触ッテミテソノ形状ヲ想像シ、相当素晴ラシイ肉体ノ持主デアロウト考エテイタノデアッテ、ソレユエニコソ白光ノ下ニ曝シテ見タイトイウ念願ヲ抱《いだ》イタワケデアッタガ、サテソノ結果ハ僕ノ期待ヲ裏切ラナカッタノミナラズ、ムシロハルカニソレ以上デアッタ。僕ハ結婚後始メテ、自分ノ妻ノ全裸体ヲ、ソノ全身像ノ姿ニオイテ見タノデアル。ナカンズクソノ下半身ヲホントウニ残ル隈《くま》ナク見ルヲ得タノデアル。彼女ハ明治四十四年生レデアルカラ、今日ノ青年女子ノヨウナ西洋人臭イ体格デハナイ。若イ頃ニハ水泳トテニスノ選手デアッタトイウダケニ、アノ頃ノ日本婦人トシテハ均整ノ取レタ骨格ヲ持ッテイルケレドモ、タトエバソノ胸部ハ薄ク、乳ト臀部《でんぶ》ノ発達ハ不十分デ、脚《あし》モシナヤカニ長イニハ長イケレ、下腿部《かたいぶ》ガヤヤO型ニ外側ヘ彎曲《わんきょく》シテオリ、遺憾ナガラマッスグトハ云イニクイ。コトニ足首ノトコロガ十分ニ細ク括レテイナイノガ缺点ダケレ、僕ハアマリニ西洋人臭イスラリトシタ脚ヨリモ、イクラカ昔ノ日本婦人式ノ脚、私ノ母ダトカ伯母おばダトカイウ人ノ歪《ゆが》ンダ脚ヲ思イ出サセル脚ノ方ガ懐《なつか》シクテ好キダ。ノッペラボウニ棒ノヨウニマッスグナノハ曲ガナサ過ギル。胸部ヤ臀部モアマリ発達シ過ギタノヨリハ中宮寺ノ本尊ノヨウニホンノ微《かす》カナ盛リ上リヲ見セテイル程度ノガ好キダ。妻ノ体ノ形状ハ、恐ラクコンナ風デアロウトオオヨソ想像ハシテイタノダガ、果シテ想像ノ通リデアッタ。シカモ僕ノ想像ヲ絶シテイタノハ、全身ノ皮膚ノ純潔サダッタ。大概ナ人間ニハ体ノドコカシラニチョットシタ些細ささいナ斑点《はんてん》、薄紫ヤ黝黒等ノシミグライハアルモノダガ、妻ハ体ジュウヲ丹念ニ捜シテモドコニモソンナモノハナカッタ。僕ハ彼女ヲ俯向キニサセ、臀《しり》ノ孔マデ覗イテ見タガ、臀肉ガ左右ニ盛リ上ッテイル中間ノ凹《くぼ》ミノトコロノ白サトイッタラナカッタ。四十五歳トイウ年齢ニ達スルマデ、ソノ間ニハ女児ヲ一人分娩《ぶんべん》シナガラヨクモソノ皮膚ニ少シノ疵《きず》モシミモ附ケズニ来タモノヨ。僕ハ結婚後何十年間モ、暗黒ノ中デ手ヲモッテ触レルヲ許サレテイタダケデ、コノ素晴ラシイ肉体ヲ眼デ視ルナク今日ニ至ッタガ、考エテミレバソレガカエッテ幸福デアッタ。二十数年間ノ同棲《どうせい》ノ後ニ、始メテ妻ノ肉体美ヲ知ッテ驚クヲ得ル夫ハ、今カラ新シイ結婚ヲ始メルノト同ジダ。スデニ倦怠期《けんたいき》ヲ通リ過ギテイル時期ニナッテ、私ハ昔ニ倍加スル情熱ヲモッテ妻ヲ溺愛《できあい》スルガデキル。

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