Танидзаки Дзюнъитиро - Ключ / 鍵. Книга для чтения на японском языке

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Дзюнъитиро Танидзаки

Ключ

© КАРО, 2023

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一月一日。僕ハ

モトヨリ僕ハ彼女ニ都合ノヨイバカリハ書カナイ。彼女ガ不快ヲ感ズルデアロウヨウナ、彼女ノ耳ニ痛イヨウナモ憚《はば》カラズ書イテ行カネバナラナイ。モトモト僕ガコウイウ書ク気ニナッタノハ、彼女ノアマリナ秘密主義、夫婦ノ間デ閨房《けいぼう》ノヲ語リ合ウサエ恥ズベキトシテ聞キタガラズ、タマタマ僕ガ猥談《わいだん》メイタ話ヲシカケルトタチマチ耳ヲ蔽《おお》ウテシマウ彼女ノイワユル「身嗜《みし》ミ」、「女ノラシサ」、アノワザトラシイオ上品趣味ガ原因ナノダ。連レ添ウテ二十何年ニモナリ、嫁入リ前ノ娘サエアル身デアリナガラ、寝床ニハイッテモイマダニタダ黙々ト事ヲ行ウダケデ、ツイゾシンミリトシタ睦言《むつごと》ヲ取リ交ソウトシナイノハ、ソレデモ夫婦トイエルデアロウカ。僕ハ彼女ト直接閨房ノヲ語リ合ウ機会ヲ与エラレナイ不満ニ堪エカネテコレヲ書ク気ニナッタノダ。今後ハ僕ハ、彼女ガコレヲ実際ニ盗ミ読ミシテイルト否トニカカワラズ、シテイルモノト考エテ、間接ニ彼女ニ話シカケル気持デコノ日記ヲツケル。

何ヨリモ、僕ガ彼女ヲ心カラ愛シテイル、コノ前ニモタビタビ書イテイルガ、ソレハ偽リノナイデ、彼女ニモヨク分ッテイルト思ウ。タダ僕ハ生理的ニ彼女ノヨウニアノ方ノ慾望《よくぼう》ガ旺盛《おうせい》デナク、ソノ点デ彼女ト太刀打《たちう》チデキナイ。僕ハ今年五十六歳(彼女ハ四十五ニナッタハズダ)ダカラマダソンナニ衰エル年デハナイノダガ、ドウイウワケカ僕ハアノニハ疲レヤスクナッテイル。正直ニ云ッテ、現在ノ僕ハ週ニ一回クライ、ムシロ十日ニ一回クライガ適当ナノダ。トコロガ彼女ハ(コンナヲ露骨ニ書イタリ話シタリスルヲ彼女ハ最モ忌《い》ムノデアル)腺病質《せんびょうしつ》デシカモ心臓ガ弱イニモカカワラズ、アノ方ハ病的ニ強イ。サシアタリ僕ガハナハダ当惑シ、参ッテイルノハ、コノ一事ナノダ。僕ハ夫トシテ、彼女ニ十分ノ義務ヲ果タシ得ナイノハ申シワケガナイケレドモ、ソウカトイッテ、彼女ガソノ不足ヲ補ウタメニ、モシ仮リニ、コンナヲ云ウト、私ヲソンナミダラナ女ト思ウノデスカト怒《おこ》ルデアロウガ、コレハ「仮リニ」ダ、他ノ男ヲ拵《こしら》エタトスルト、僕ハソレニハ堪エラレナイ。僕ハソンナ仮定ヲ想像シタダケデモ嫉妬《しっと》ヲ感ズル。ノミナラズ彼女自身ノ健康ノヲ考エテモ、アノ病的ナ慾求ニ幾分ノ制御ヲ加エタ方ガヨイノデハアルマイカ。僕ガ困ッテイルノハ、僕ノ体力ガ年々衰エヲ増シツツアルダ。近頃ノ僕ハ性交ノ後デ実ニ非常ナ疲労ヲ覚エル。ソノ日一日グッタリトシテモノヲ考エル気力モナイクライニ。ソレナラ僕ハ彼女トノ性交ヲ嫌きらッテイルノカトイウト、事実ハソレノ反対ナノダ。僕ハ義務ノ観念カラ強《し》イテ情慾ヲ駆リ立テテイヤイヤ彼女ノ要求ニ応ジテイルノデハ断ジテナイ。僕ハ幸カ不幸カ彼女ヲ熱愛シテイル。ココデ僕ハ、イヨイヨ彼女ノ忌避《きひ》ニ触レル一点ヲ発《あば》カネバナラナイガ、彼女ニハ彼女自身全ク気ガ付イテイナイトコロノ或《あ》ル独得ナ長所ガアル。僕ガモシ過去ニ、彼女以外ノ種々ノ女ト交渉ヲ持ッタ経験ガナカッタナラバ、彼女ダケニ備ワッテイルアノ長所ヲ長所ト知ラズニイルデモアロウガ、若カリシ頃ニ遊ビヲシタノアル僕ハ、彼女ガ多クノ女性ノ中デモ極メテ稀《まれ》ニシカナイ器具ノ所有者デアルヲ知ッテイル。彼女ガモシ昔ノ島原《しまばら》[3]ノヨウナ妓楼《ぎろう》ニ売ラレテイタトシタラ、必ズヤ世間ノ評判ニナリ、無数ノ嫖客《ひょうかく》ガ競ッテ彼女ノ周囲ニ集マリ、天下ノ男子ハ悉《ことごと》ク彼女ニ悩殺サレタカモ知レナイ。(僕ハコンナヲ彼女ニ知ラセナイ方ガヨイカモ知レナイ。彼女ニソウイウ自覚ヲ与エルハ、少クトモ僕自身ノタメニ不利カモ知レナイ。シカシ彼女ハコレヲ聞イテ、果シテ自ラ喜ブデアロウカ恥ジルデアロウカ、アルイハマタ侮辱《ぶじょく》ヲ感ジルデアロウカ。多分表面ハ怒ッテ見セナガラ、内心ハ得意ニ感ジルヲ禁ジ得ナイノデハナカロウカ)僕ハ彼女ノアノ長所ヲ考エタダケデモ嫉妬《しっと》ヲ感ズル。モシモ僕以外ノ男性ガ彼女ノアノ長所ヲ知ッタナラバ、ソシテ僕ガソノ天与ノ幸運ニ十分酬《むく》イテイナイヲ知ッタナラバ、ドンナガ起ルデアロウカ。僕ハソレヲ考エルト不安デモアリ、彼女ニ罪深イヲシテイルトモ思イ、自責ノ念ニ堪エラレナクナル。ソコデ僕ハイロイロナ方法デ自分ヲ刺戟《しげき》シヨウトスル。タトエバ僕ハ僕ノ性慾点僕ハ眼ヲツブッテ眼瞼《まぶた》ノ上ヲ接吻シテ貰《もら》ウ時ニ快感ヲ覚エル、ヲ彼女ニ刺戟シテ貰ウ。マタ反対ニ僕ガ彼女ノ性慾点彼女ハ腋《わき》ノ下ヲ接吻シテ貰ウヲ好ムノデアル、ヲ刺戟シテ、ソレニヨッテ自分ヲ刺戟シヨウトスル。シカルニ彼女ハソノ要求ニサエアマリ快クハ応ジテクレナイ。彼女ハソウイウ「不自然ナ遊戯」ニ耽《ふけ》ルヲ欲セズ、飽クマデモオーソドックスナ正攻法ヲ要求スル。正攻法ニ到達スル手段トシテノ遊戯デアルヲ説明シテモ、彼女ハココデモ「女ラシイ身嗜ミ」ヲ固守シテソレニ反スル行為ヲ嫌ウ。彼女ハマタ僕ガ足ノ fetishist デアルヲ知ッテイナガラ、カツ彼女ハ自分ガ異常ニ形ノ美シイ足(ソレハ四十五歳ノ女ノ足ノヨウニハ思エナイ)ノ所有者デアル知ッテイナガラ、イヤ知ッテイルガユエニ、メッタニソノ足ヲ僕ニ見セヨウトシナイ。真夏ノ暑イ盛リデモ彼女ハ大概足袋ヲ穿はイテイル。セメテソノ足ノ甲ニ接吻サセテクレト云ッテモ、マア汚《きたな》イトカ、コンナ所ニ触《さわ》ルモノデハアリマセントカ云ッテ、ナカナカ願イヲ聴きイテクレナイ。ソレヤコレヤデ僕ハ一層手ノ施シヨウガナクナル。正月早々愚痴《ぐち》ヲナラベル結果ニナッテ僕モイササカ恥カシイガ、デモコンナモ書イテオク方ガヨイト思ウ。明日ノ晩ハ「ヒメハジメ」デアル。オーソドックスヲ好ム彼女ハ毎年ノ吉例ニ従イ、必ズソノ行事ヲ厳粛ニ行ワナケレバ承知シナイデアロウ。


一月四日。今日は珍しい事件に出遇であった。[4]三ガ日の間書斎の掃除をしなかったので、今日の午後、夫が散歩に出かけた留守に掃除をしにはいったら、あの水仙《すいせん》の活いけてある一輪《いちりん》ざしの載っている書棚の前に鍵が落ちていた。それは全く何でもないことなのかも知れない。でも夫が何の理由もなしに、ただ不用意にあの鍵をあんな風に落しておいたとは考えられない。夫は実に用心深い人なのだから。そして長年の間毎日日記をつけていながら、かつて一度もあの鍵を落したことなんかなかったのだから。私はもちろん夫が日記をつけていることも、その日記帳をあの小机の抽出に入れて鍵をかけていることも、そしてその鍵を時としては書棚のいろいろな書物の間に、時としては床の絨緞《じゅうたん》の下に隠していることも、とうの昔から知っている。しかし私は知ってよいことと知ってはならないこととの区別は知っている。私が知っているのはあの日記帳の所在と、鍵の隠し場所だけである。決して私は日記帳の中を開けて見たりなんかしたことはない。だのに心外なことには、生来疑い深い夫はわざわざあれに鍵をかけたりその鍵を隠したりしなければ、安心がならなかったのであるらしい。その夫が今日その鍵をあんな所に落して行ったのはなぜであろうか。何か心境の変化が起って、私に日記を読ませる必要を生じたのであろうか。そして、正面から私に読めと云っても読もうとしないであろうことを察して、「読みたければ内証で読め、ここに鍵がある」と云っているのではなかろうか。そうだとすれば、夫は私がとうの昔から鍵の所在を知っていたことを、知らずにいたということになるのだろうか? いや、そうではなく、「お前が内証で読むことを僕も今日から内証で認める、認めて認めないふりをしていてやる」というのだろうか?

まあそんなことはどうでもよい。かりにそうであったとしても、私は決して読みはしない。私は自分でここまでときめている限界を越えて、夫の心理の中にまではいり込んで行きたくない。私は自分の心の中を人に知らせることを好まないように、人の心の奥底を根掘《ねほ》り葉掘《はぼ》りすることを好まない。ましてあの日記帳を私に読ませたがっているとすれば、その内容には虚偽があるかも知れないし、どうせ私に愉快なことばかり書いてあるはずはないのだから。夫は何とでも好きなことを書いたり思ったりするがよいし、私は私でそうするであろう。実は私も、今年から日記をつけ始めている。私のように心を他人に語らない者は、せめて自分自身に向って語って聞かせる必要がある。ただし私は自分が日記をつけていることを夫に感づかれるようなヘマ[5]はやらない。私はこの日記を、夫の留守の時を窺《うかが》って書き、絶対に夫が思いつかない或る場所に隠しておくことにする。私がこれを書く気になった第一の理由は、私には夫の日記帳の所在が分っているのに、夫は私が日記をつけていることさえも知らずにいる、その優越感《ゆうえつかん》がこの上もなく楽しいからである。

一昨夜は年の始めの行事をした。あゝ、こんなことを筆にするとは何という恥かしさであろう。亡《なく》なった父は昔よく「慎れ独《ひとり》をつつしむ」ということを教えた。私がこんなことを書くのを知ったら、どんなにか私の堕落を歎なげくであろう。夫は例により歓喜の頂天に達したらしいが、私はまた例により物足りなかった。そしてその後の感じがたまらなく不快であった。夫は彼の体力が続かないのを恥じ、私に済まないということを毎度口にする半面、夫に対して私が冷静過ぎることを攻撃する。その冷静という意味は、彼の言葉に従えば私は「精力絶倫」で、その方面では病的に強いけれども、私のやり方はあまりにも「事務的」で、「ありきたり」で、「第一公式」で、変化がないというのである。平素何事につけても消極的で、控え目である私が、あのことにだけは積極的であるにもかかわらず、二十年来常に同じメソッド、同じ姿勢でしか応じてくれないというのである。そのくせ夫はいつも私の無言の挑《いど》みを見逃みのがさず、私の示すほんの僅《わず》かな意志表示にも敏感で、直《ただ》ちにそれと察しるのである。それはあるいは、私の頻繁《ひんぱん》過ぎる要求に絶えず戦々兢々《せんせんきょうきょう》としている結果、かえってそんな風になるのかも知れない。私は実利一点張りで、情味がないのだそうである。僕がお前を愛している半分も、お前は僕を愛していないと、夫は云う。お前は僕を単なる必要品としか、それも極めて不完全な必要品としか考えていない、お前がほんとうに僕を愛しているなら、もっと熱情があってもよいはずだ、いかなる僕の註文《ちゅうもん》にも応じてくれるはずだと云う。僕が十分にお前を満足させ得ない一半の責めはお前にある、お前がもっと僕の熱情をかき立てるようにしてくれれば、僕だってこんなに無力ではない、お前は一向そういう努力をしようとせず、自ら進んでその仕事に僕と協力してくれない、お前は食いしんぼうの癖に手を拱《きょう》こまねいて据《きょ》すえ膳《ぜん》の箸《はし》を取ることばかり考えていると云い、私を冷血動物で意地の悪い女だとさえ云う。

夫が私をそういう眼で見るのも一往《いちおう》無理のないところがある。だけど私は、女というものはどんな場合にも受け身であるべきもの、男に対して自分の方から能動的に働きかけてはならないもの、という風に、昔気質《むかしかたぎ》の親たちからしつけられて来たのである。私は決して熱情がないわけではないが、私の場合、その熱情は内部に深く沈潜する性質のもので、外に発散しないのである。強しいて発散させようとすればその瞬間に消えてなくなってしまうのである。私のは青白い熱情で、燃え上る熱情ではないということを、夫は理解してくれない。この頃になって私がつくづく感じることは、私と彼とは間違って夫婦になったのではなかったか、ということである。私にはもっと適した相手があったであろうし、彼にもそうであったろうと思う。私と彼とは、性的嗜好《しこう》が反撥《はんぱつ》し合っている点が、あまりにも多い。私は父母の命ずるままに漫然とこの家に嫁とつぎ、夫婦とはこういうものと思って過して来たけれども、今から考えると、私は自分に最も性の合わない人を選んだらしい。これが定められた夫であると思うから仕方なく怺《こら》えているものの、私は時々彼に面と向ってみて、何という理由もなしに胸がムカムカして来ることがある。そう、そのムカムカする感じは、昨今に始まったことではなく、そもそも結婚の第一夜、彼と褥《しとね》をともにしたあの晩からそうであった。あの遠い昔の新婚旅行の晩、私は寝床にはいって、彼が顔から近眼の眼鏡《めがね》を外したのを見ると、とたんにゾウッと身慄《みぶる》がしたことを、今も明瞭《めいりょう》に思い出す。始終眼鏡をかけている人が外すと、誰でもちょっと妙な顔になるものだが、夫の顔は急に白ッちゃけた、死人の顔のように見えた。夫はその顔を近々と傍《そば》に寄せて、穴の開くほど私の顔を覗のぞき込んだものだった。私も自然彼の顔をマジマジと見据える結果になったが、その肌理《きめ》の細かい、アルミニュームのようにツルツルした皮膚《ひふ》を見ると、私はもう一度ゾウッとした。昼間は分らなかったけれども、鼻の下や唇《くちびる》の周に髯が微《かす》かに生えかかっているのが(彼は毛深いたちなのである)見えて、それがまた薄気味が悪かった。私はそんなに近い所で男性の顔を見るのは始めてだったので、そのせいもあったかも知れないが、以来私は、今日でも夫の顔を明るい所で長い間視みつめていると、あのゾウッとする気持になるのである。だから私は彼の顔を見ないようにしようと思い、枕《まくら》もとの電燈を消そうとするのだが、夫は反対に、あの時に限って部屋を明るくしようとする。そして私の体じゅうのここかしこを、能あたう限りハッキリ見ようとする。(私はそんな要求にはめったに応じないことにしているけれども、足だけはあまり執拗《しつよう》しつこく云うので、已《い》やむを得ず見せる)私は夫以外の男を知らないけれども、総体に男性というものは皆あのように執拗いのであろうか。あのアクドい、べたべたと纏《まとい》まつわりついてさまざまな必要以外の遊戯をしたがる習性は、すべての男子に通有なのであろうか。


一月七日。今日木村ガ年始ニ来タ。僕ハフォークナーノサンクチュアリ[6]ヲ読ミカケテイタノデ、チョット挨拶シテ書斎ニ上ッタ。木村ハ茶ノ間デ妻ヤ敏子《としこ》トシバラク話シテイタガ、三時過ギニ「麗しのサブリナ」[7]ヲ見ニ行クト云ッテ、三人デ出カケタ。ソシテ木村ハ六時頃マタ一緒ニ帰ッテ来テ、僕ラ家族ト夕食ヲトモニシ、九時少シ過ギマデ話シテ行ッタ。食事ノ時敏子ヲ除ク三人ハブランデーヲ少量ズツ飲ンダ。郁子ハ近頃酒量ガヤヤ増シタヨウニ思ウ。彼女ニ酒ヲ仕込ンダノハ僕ダガ、モトモト彼女ハ行ケル口ナノダ。彼女ハ勧メラレレバ黙ッテカナリノ量ヲ嗜《たしな》ム。酔ウハ酔ウガ、ソノ酔イ方ガ陰性デ、外ニ発セズ、内攻シ、イツマデモジット怺エテイルノデ、人ニハ分ラナイガ多イ。今夜ハ木村ガシェリーグラスニ二杯半マデ彼女ニススメタ。妻ハイクラカ青イ顔ヲシテイタガ、酔ッタ様子ハ見エナカッタ。カエッテ僕ヤ木村ノ方ガ紅《あか》イ顔ニナッタ。木村ハソンナニ強クハナイ。妻ヨリ弱イクライデアル。妻ガ僕以外ノ男カラブランデーノ杯ヲ受ケタノハ、今夜ガ始メテデハナイダロウカ。木村ハ最初敏子ニ差シタノダガ、「私ハダメデス、ドウカママニオ酌《しゃく》ナスッテ」ト敏子ガ云ッタカラデアッタ。僕ハカネテカラ、敏子ガ木村ヲ避ケル風ガアルヲ感ジテイタガ、ソレハ木村ガ彼女ヨリハ彼女ノ母ニ親愛ノ情ヲ示ス傾向ガアルヲ、彼女モ感ヅクニ至ッタカラデハナイデアロウカ。僕ハ僕ノ嫉妬カラソンナ風ニ気ガ廻《まわ》ルノカト思ッテ、ソノ考エヲ努メテ打チ消シテイタノデアルガ、ヤハリソウデハナサソウデアル。一体妻ハ来客ニ対シテハ不愛想デ、コトニ男ノ客人ニハ会イタガラナイノデアルガ、木村ニダケハ親シムノデアル。敏子モ、妻モ、僕モ、イマダカツテ口ニ出シタハナイガ、木村ハジェームス・スチュアート[8]ニ似テイル。ソシテ僕ノ妻ハ、ジェームス・スチュアートガ好キデアルヲ僕ハ知ッテイル。(妻ハソレヲ口ニ出シタハナイガ、ジェームス・スチュアートノ映画ダト缺かカサズ見ニ行クラシイノデアル)モットモ妻ガ木村ニ接近スルノハ、僕ガ彼ヲ敏子ニ妻娶《めあ》ワセテハドウカトイウ考エガアッテ、家庭ニ出入リサセルヨウニシ、妻ニソレトナク二人ノ様子ヲ見ルヨウニト命ジタカラナノデアル。トコロガ敏子ハコノ縁談ニハドウモ気乗リガシテイナイラシイ。彼女ハナルベク木村ト二人キリニナル機会ヲ作ラヌヨウニシ、イツモホトンド郁子ト三人デ茶ノ間デ話シ、映画ヲ見ルニモ必ズ母ヲ誘ッテ出カケル。「オ前ガツイテ行クカラ悪イ、二人キリデ出シテミナサイ」ト云ウノダガ、妻ハソレニハ不賛成デ、母親トシテ監督スル責任ガアルト云ウ。「ソレハオ前ノ頭ガ時代オクレダカラダ、二人ヲ信用シタラヨイノダ」ト云ウト、「私モソウ思ウノデスケレドモ、敏子ガツイテ来テクレト云ウノデス」ト云ウ。事実敏子ガソウ云ウノダトスレバ、ソレハ自分ヨリモ母ノ方ガ木村ヲ好イテイルトコロカラ、ムシロ自分ガ母ノタメニ仲介ノ労ヲ取ロウトシテイルノデハアルマイカ。僕ハ何トナク、妻ト敏子トノ間ニ暗黙ノ示シ合ワセガアルヨウナ気ガシテナラナイ。少クトモ妻ハ、自分デハ意識シテイナイノカモ知レナイガ、自分デハ若イ二人ヲ監督シテイルツモリカモ知レナイガ、実際ハ木村ヲ愛シテイルヨウニ思エテナラナイ。

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